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AKIRA@日記

ソーシャルワークが出来る人間を目指す大学生。

2017年3月13日。”初めて”「君の名は」を観て、泣いてしまった。

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 いつからかあまり映画を観なくなってしまった。いや、大学生になってからかな。

中学生、高校生の時は1000円で映画を観れたので、映画が娯楽の1つだった。でも、僕はいつの間にか映画を観ないで、小説ばかり読むようになっていた。

 

 本の世界に入り込み、小説の主人公になりきってその世界を生きる。本を読む事以上に幸せな事はないのではないかと思っていた。でも、やっぱり映画という芸術にも、もっとたくさん触れ合わなければいけない。そう思わせてくれた映画。

それが「君の名は」でした。

 

 まさか22歳になって、映画館で涙を流してしまうとは思わなかった。人があまり居なかったので良かったけれど(笑) でも、これほどまでに人の心を動かす作品を、今頃になって観ている自分に喝を入れたい。

 

ばっかやろー!!!俺!!!

 

 では、映画の感想に入ります!

 

”人に会いたい” という純粋な気持ちを感じさせてくれる

 SNSが普及した現代において、LINEやTwitterなど仮想空間内で人とコミュニケーションを図る事が多くなっている。その事自体は別に悪い事ではない。でも、現代は何かが失われていった気もする。それは何なのだろうか?

 

それは、純粋に”この人に会いたい”という気持ちだ。

LINEやTwitterで頻繁に仮想空間内でやり取りをするのではなく、連絡が取れないなら、思い切って会いに行く。しっかりとした計画も練らずに、リュックサックを背負って、電車を乗り継いで、会いたい人に会いにいく。この”人に会いたい”という純粋な気持ちを、映画の中で何度も感じ取る事が出来た。

 

 「君の名は」の詳しいストーリーの叙述はしないが、瀧君と三葉が物語が進むにつれて”会いたい”という気持ちが増幅していく過程が、観ていてとても心地が良い。だが、物語が中盤に入ると、非常にドラスティックな出来事が起こり、2人は離れ離れになってしまう。

 

もう会えないのではないか?

 

こう思った人も多いと察するが、ここからが「君の名は」の真骨頂だ。

瀧君と三葉が、それぞれ募る思いを抱え、それが交錯しながらも、互いに”会いたい”と思う。この2人の心情が観客の心を震わせる。

 

 

一方通行の”会いたい”だと、人の心を動かす事は出来ない

 なぜ、「君の名は」はここまで心を動かす作品なのか?

それは前述した様に、”会いたい”という気持ちをすごく反映している作品だからだ。そして、その思いは刹那的な思いではないからこそ、より観客は物語に没頭する。

 

 瀧君”だけ”が会いたいと思っているわけではなく、三葉”も”会いたいと思っている。

一方通行の思いではないからこそ、より劇的にストーリーは加速する。そして、最後は作品名通りに綺麗にストーリーは着地する。

 

映画が終了した時には、僕は映画館で号泣しているという(笑)22歳にもなって(笑)

本当に素晴らしい作品だと思う。そして。僕はもう1度「君の名は」を観に行こうと思っています。その理由は、この作品がここまで人の心を動かしたのは、もっともっと理由があると思うから。それが何なのか、もう1度しっかりと考えたいからだ。

 

ただ、「君の名」はこれから何か小説や映画を作り、人の記憶に残るような作品を作る人に大事な事を示したと思う。それは、この作品が「読者や視聴者が自分に引き寄せて、問題をしっかりと考えさせる」という作品になっているからだ。

 

 作品はどういう思いや意図があって作られたのだろう?と受け取った側が考える作品でなければならないと思う。そうしなければ、ただ単に面白い作品として、消費されてしまう。

 

 でも、「君の名は」はそうではない。

純粋に”人に会いたい”、”好きだ”という思いを見事に表現していて、それを人の心に直接訴えかけてくれる作品だ。単純に面白いだけに終わらず、この作品を通して、自分の問題として引き寄せ、考えさせてくれる作品だ。だからこそ、消費で終わる事はない。

 

人の記憶に残る、素晴らしい作品を観ることが出来て本当に幸せでした!!では、今日はこの辺で。

 P.S 「君の名は」をもう1度観て、場所的、立地的の観点から記事を書きたいと思います。

 

 

 

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